はじめに
北海道の北部に位置する遠別町には、日本最北の水田があります。
インドから中国南部、中央アジアを経て始まった稲作は、縄文時代に九州から日本へ伝わりました。
北海道では江戸時代初期に道南地域で稲作が試みられましたが、寒冷な気候のため、広く普及するには至りませんでした。
明治時代に北海道開拓が進むと、本格的な水田づくりが始まりました。当初は寒さに弱い品種が多く、栽培は困難を極めましたが、寒冷地向けの品種改良や農業技術の発展により、稲作可能な地域は次第に北上していきました。
一時期、北海道産の米は「やっかいどう米」と揶揄され、あまり美味しくないとされていましたが、品種改良と栽培技術の向上によって、現在では美味しい米の一大産地となっています。
とはいえ、南北に長い北海道では、最新技術をもってしても、どこでも稲作が可能というわけではありません。
現在、日本における稲作の北限は、北緯44度43分20秒、東経141度47分32秒に位置する、遠別町清川の地とされています。
日本最北の水田に行ってみました
遠別町は、札幌から北へ約250km、車で約4時間ほどの場所にあります。
実際に現地を訪れてみました。
はるか昔、熱帯で生まれた稲が、これほど北の地で育つというのは驚きです。
日本海側を走るオロロンライン(国道232号線)を北上し、遠別町の市街地を4kmほど過ぎたところに、「日本最北の水田」への案内看板が設置されています。

T字路を右折して遠別中川線(道道119号線)を東へ6kmほど進みます。

さらに左折すると、目的の水田にたどり着きます。
この道は、耕作者である農家の方の家の前の細道を通るため、少し恐縮する気持ちになります。

現地には、「日本最北の水田」「日本水稲北限地」と書かれた看板が立てられており、次のようなメッセージが記されていました。
遠別町が日本最北の米どころとして
良質の米が生産できるのには理由があります。
そして、米づくりに携わる人々が
たゆまぬ工夫と努力を続けていることで
遠別町は指折りの
もち米生産地となっているのです。
日本海側は寒いというイメージがありましたが、対馬海流の影響で比較的温暖であり、稲作が可能であるというのは意外でした。

ここで栽培されているのは、普段食べる「うるち米」ではなく、「もち米」です。「もち米」は「うるち米」よりも耐寒性が高いのかもしれません。
今年の田植えは、5月19日に行われ、「はくちょうもち」と「きたふくもち」を生産しているとのことです。
そして何より、米づくりに携わる人々の努力があってこそ、この地での稲作が成り立っていることを忘れてはなりません。
奥まったこの地で、最北の稲作が行われているという事実に、なんとも感慨深い気持ちになりました。

本当に「最北」なのか? 国交省のデータで確認してみました
少々天の邪鬼な性格から、「日本最北の水田」が本当に最北なのか確かめたくなりました。
「日本のへその町」のように、複数の市町村が名乗っているケースもあるため、念のため調べてみました。
確認には、国土交通省が公開している「国土数値情報」を使用しました。
「国土数値情報」とは
「国土数値情報」とは、地形、土地利用、公共施設、交通など、国土に関する基礎的な空間情報のデータベース(GISデータ)で、インターネットを通じて無償提供されています。
今回使用したのは、その中の「土地利用細分メッシュ」(令和3年度版)です。これは全国を100m四方のメッシュに分け、土地利用状況(田、その他の農用地、森林、荒地、建物用地、幹線交通用地、湖沼、河川等)を分類したものです。
GISデータを解析してみました
このGISデータを、フリーのGISソフト「QGIS」で読み込み、土地利用が「田」と分類されている部分だけを抽出して表示してみました。
出典:国土交通省国土数値情報ダウンロードサイト(https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/gml/datalist/KsjTmplt-L03-b.html)を加工して作成

地図を見てみると、道内の水田は、中央部の石狩平野や上川盆地に多く分布していることがわかり、非常に興味深い結果でした。
そして、青色で示された水田分布と、星印で示した遠別町の水田の位置関係から見ても、国交省のデータと整合が取れ、「日本最北の水田」であることが確認できました。
拡大して確認してみると…
念のため、データを拡大して詳細を確認してみたところ、意外にも「日本最北の水田」よりもさらに北に「田」と表示されている箇所がいくつかありました。


背景図:「地理院地図」空中写真
「これはどういうことか? 実はもっと北にも水田があるのでは?」と思いましたが、航空写真で確認してみると、実際には水田ではありませんでした。
どうやら、国土数値情報の土地利用データは、衛星画像(SPOT、1.5m解像度)から判読しており、精度的な問題かわかりませんが、誤判読と思われます。
たとえ国交省のデータであっても、100%正確とは限りません。誤りがある可能性も念頭に置いて活用する必要があります。
未来の北限
地球温暖化により気候が変わり、さらに耐寒性のある品種の開発が進めば、将来は今よりもさらに北の地域で稲作が可能になるかもしれません。
そのとき、この「日本最北の水田」の看板はどうなるのか——少し気になるところです。
遠別町の農業について
ちなみに、遠別町には、「日本最北の農業高校」である遠別農業高等学校もあり、農に関する「最北」というキーワードにご縁がある町です。

これからも、遠別町の農業を応援していきたいと思います。