北海道の夏は短く、あっという間に過ぎ去ります。
しかし、その短い期間にぎゅっと濃縮されたような、息をのむ美しさがそこにはあります。
野山も湿原も、わずかな季節の隙間を逃さず、一斉に花々が咲き乱れるのです。
そんな北海道の夏の風物詩のひとつが、「原生花園」です。

北海道に広がる「原生花園」とは
原生花園とは、人の手がほとんど加わっていない自然の草原や湿地に、野生の花が咲き誇る場所。
公園のように整備された人工的な空間とは異なり、その土地の自然がそのまま息づく貴重なフィールドです。
北海道には、こうした原生花園が各地に点在しています。

道東の「小清水原生花園」、道北の「サロベツ原生花園」などが特に有名ですが、それだけではありません。
道東から道北にかけて、あまり知られていないけれど静かで美しい原生花園が数多く存在します。
6月から8月にかけては、まさに原生花園のベストシーズン。
短い夏を謳歌するかのように、野生の花々が一斉に咲き誇り、北海道の自然が最も華やぐ季節です。
今回はその中でも、道北の日本海側に位置する遠別町の「金浦原生花園」と、オホーツク海側に位置する浜頓別町の「ベニヤ原生花園」という2つの花園を実際に訪れました。
どちらも知名度はそれほど高くありませんが、驚くほど豊かな風景が待っていました。
金浦原生花園(遠別町)──静けさに包まれた、湿原の花園
最初に向かったのは、遠別町の「金浦(かなうら)原生花園」です。
日本海側を走る国道232号線(オロロンライン)沿いにあり、アクセスしやすい場所にありますが、入口が目立たないため、うっかり見逃してしまいそうになります。

「エゾカンゾウ」を中心とした固有植物が群生する、天然のお花畑が広がります。
エゾカンゾウ(蝦夷萱草)は、高さ50~80cmで、ラッパ形の花が茎の頭に数個つき、花は朝開いて夕方閉じてしまう一日花。初夏、海岸や高山の草地で黄色い花を咲かせるツルボラン科ワスレグサ属の多年草で、ゼンテイカ(禅庭花)やニッコウキスゲとも呼ばれます。
見頃を迎える時期には、約5万8000㎡の広大な土地に2万5000本から3万本ものエゾカンゾウが咲き誇り、あたり一面が黄色いじゅうたんのようになります。
私が訪れた6月19日もまさにその時期で、あざやかな花が一面に咲いていました。

園内には遊歩道が整備されており、手つかずの湿地の風景と、元気に鳴く鳥のさえずりが、とても心地よい空間を作り出しています。

それほど観光地化されていないため、訪れる人も少なく、ゆっくりと自然を満喫することができました。

ベニヤ原生花園(浜頓別町)──海と湿原が出会う場所で、花と風に包まれる
次に訪れたのは、浜頓別町の市街地から近い「ベニヤ原生花園」です。私が訪れたのは6月22日でした。

こちらは湿原と海浜が交差するような地形が特徴です。

百種類以上の草花が群生する、約330haの広大な園内。
すべてを見て回るには、何時間もかかりそうです。
展望台もあり、上から一望することができます。

車を降りると、すぐに花の香りと潮風が出迎えてくれました。
整備された遊歩道を進んでいくと、「ハマナス」や、「ヒオウギアヤメ」、「エゾカンゾウ」などが次々と姿を現します。
他にも、「エゾスカシユリ」や「エゾノシシウド」といった様々な花々が彩りを添えます。





また、ベニヤ原生花園の魅力は、花と空と海の三拍子がそろっているところ。
湿原越しに広がる水平線、そしてその手前に咲き誇る花々。
視界が大きく開けていて、思わず立ち止まって深呼吸したくなるような風景です。

ちょうど夕方にさしかかっていたこともあり、花に夕日が差し込み、やわらかな金色に染まる時間帯でした。
風が強くて少し肌寒いくらいでしたが、それすらもこの場所の自然の一部のように感じられました。
花を眺めるというより、自然の中に「身を置く」という感覚でした。
花は、原生花園だけに咲いているわけじゃない
こうした原生花園に足を運ぶのは特別な体験ですが、それだけでなく、道中の何気ない風景の中にも、原生花園に咲くような花々が見られる場所があります。
たとえば、道北の豊富町、道道106号線(オロロンライン)沿いの「稚咲内(わかさかない)海岸」。
車を走らせていると、海岸沿いに「天然のお花畑」と呼びたくなるような景色が、長い区間にわたって広がります。

旅の途中でふと周囲の自然に目を向けてみると、心に残る風景に出会えることがあります。
北海道の自然は、派手に自己主張するわけではありません。
けれど、そこにいるだけで語りかけてくるような静けさがあります。
おわりに──短い夏の、短い花の季節を歩く
どちらも大きな観光地ではありません。
でも、それが良いのです。
静かで、穏やかで、自然と向き合う時間を持てる場所でした。
何かを「見る」というより、「感じる」場所と表現するのがしっくりきます。
北海道の夏のほんのひととき、その中に咲く花と風の記憶は、きっといつまでも心に残るでしょう。
「何もないけれど、すべてがある」──そんな風景に出会える旅でした。