同行二人——ひとりだが、ひとりではない:孤独な青年が歩いた四国遍路と、まだ終わらない人生の巡礼
もうかなり前の話になりますが、今日は、大学時代に四国で一人歩きのお遍路をしたときのことを綴ってみようと思います。

四国遍路への興味
大学の一般教養の授業で地理学を履修していました。
その授業では、体系的に学ぶというより、毎回さまざまなトピックを取り上げていく形式で、その中に「四国遍路」を扱った回がありました。
それまで四国遍路の存在をまったく知らなかったのですが、四国全域に点在する88のお寺を歩いて巡るという話に、なぜか胸が高鳴りました。
それまで何かに強く興味を持つことがほとんどなかった自分が、はじめて「これはやってみたい」と心から思ったのです。
どこか神秘的な雰囲気をもつ四国の霊場巡りは、孤独で内向的な自分の心に深く刺さりました。
そして、「何かに挑戦して、自分を変えたい」という思いもあったのです。
一番札所・霊山寺からスタート
アルバイトで旅費を貯め、夏休みを使って四国に向かいました。
和歌山からフェリーで徳島に渡り、1番札所である徳島県鳴門市の霊山寺を目指しました。

霊山寺の周辺には、遍路用品を扱う店が並んでおり、何を揃えればいいかも分からないまま、白衣、金剛杖、山谷袋(ズタ袋)、納経帳、巡礼地図などを購入しました。
今振り返ると、あまり格好にこだわる必要はなかったかもしれません。金剛杖は、のちのち少し荷物になりましたしね。
白衣や山谷袋には「同行二人(どうぎょうににん)」と書かれており、一人での出発でありながら、「弘法大師さまが共にいてくださる」という安心感があり、不思議と寂しさは感じませんでした。

交通機関を使わない「歩き遍路」
遍路のスタイルは、1番札所から順に、完全徒歩で巡る「歩き遍路」を選びました(一度だけ渡し船は利用しましたが)。
現代人は普段あまり歩かないため、最初は一日20km歩くのがやっとで、足にマメができました。でもしばらくすると体も慣れ、30km以上歩けるようになりました。
「昔の人って本当にすごい」と、しみじみ感じた瞬間です。
便利さと引き換えに、文明は人間の本来の力を奪っているのかもしれません。
それでも、毎日あれだけ歩くことで得られる達成感と充実感は、何ものにも代えがたいものでした。
各札所では、素人ながら「般若心経」を唱え、納経帳に御朱印をいただきました。
ときにはバスの団体客と重なり、御朱印をいただくのに時間がかかって焦ることもありました。

「お接待」という文化
事前に話では聞いていましたが、実際に歩いてみて「お接待」の文化が根付いていることを強く実感しました。
歩いていると、「車に乗っていかない?」と親切に声をかけてくださる方が何人もいました。
歩き遍路なので丁重にお断りしましたが、その気持ちがとてもありがたかったです。
食べ物をいただいたこともありましたし、道すがら元気に「おはようございます!」「こんにちは!」と挨拶してくれる子供たちの姿にも癒されました。
四国の方々のあたたかい心と、「同行二人」という弘法大師さまの大きな存在を感じる瞬間でした。

印象に残る遍路宿
その日どこまで歩けるか分からないため、宿泊先は当日決めるスタイルでした。
「お接待」の文化もあるからか、遍路宿の方々も本当によくしてくださり、心に残る宿がいくつかあります。
柳水庵(徳島県神山町)
徳島県の11番札所・藤井寺から、遍路転がしで有名な12番・焼山寺へ向かう途中、山中にあるお宿です。
優しい老夫婦がもてなしてくれ、人生で初めて「五右衛門風呂」に入った思い出の場所です。
残念ながら、今は宿坊をやっていないようです。
室戸岬か足摺岬へ向かう途中の宿(高知県)
名前も場所も忘れてしまいましたが、漁師宿のようで、夕食に新鮮な魚をたっぷり出していただいた記憶があります。
旅の疲れも吹き飛ぶほどの美味しさでした。
ハプニング:野良犬に囲まれる
道中、忘れられないハプニングもありました。
場所は思い出せませんが、山道から里に出る途中、野犬の群れに囲まれてしまったのです。
ワンワンと吠え立てられ、どうすることもできず、ただ立ち尽くすしかありませんでした。
命の危険すら感じましたが、しばらくして、なんとか無傷でその場を離れることができました。
弘法大師さまが守ってくれたのかもしれません。

年配のご夫婦との出会いと、訳あり息子と勘違いされる
遍路中、ご夫婦で巡礼をしている方と出会い、しばらく一緒に歩かせてもらったことがありました。
そのとき、別の方から「息子さん、何か事情があるんですか?大丈夫ですか?」と心配されたことがあります。
第三者から見れば、親子3人の遍路旅に見えたのでしょう。
私は、かなり厭世的な雰囲気を漂わせていたのだと思います。何かを背負って歩いているように見えたのは間違いありません。
だからといって、ご夫婦にとっての「訳あり息子」と勘違いされたのは、少し申し訳ない気持ちになりました。
昔は「死に場所を求めて遍路に出る」という人も少なくなかったと聞きます。その歴史の延長線上に、私もどこかいたのかもしれません。
旅の終わりと人生の宿題
いろいろな出来事があった旅でしたが、当時は時間もお金も十分になかったため、愛媛県の40番札所・観自在寺で打ち止めにしました。
全行程約1,100kmのうち、この時廻ったのは半分の約580km、日数はおよそ25日。
曲がりなりにも、1番札所から40番までを歩き切ったことで、ほんの少しですが、自分に自信がついたように感じます。
弘法大師さまの力と、道中出会った多くの方の支えに、心から感謝しています。
観自在寺のある御荘からバスに乗って帰途についたのですが、久しぶりに交通機関に乗った時の「便利さ」に大きく感動したのを覚えています。
歩くのが辛かったからこそ、バスのありがたみを噛みしめました。
非日常の旅を経て、ふだんの暮らしの中にあるささやかな幸せを、改めて感じることができました。
人生のやり残し
この遍路旅では、徳島県と高知県の札所を歩き終えることができましたが、愛媛と香川はまだ巡っていません。
- 徳島/発心の道場(1番~23番) … 完了
- 高知/修行の道場(24番~39番) … 完了
- 愛媛/菩提の道場(40番~65番) … 未完
- 香川/涅槃の道場(66番~88番) … 未完
- 高野山 … 未訪問
残りの道のりは、人生の宿題のようなものです。
いつか必ず、死ぬまでには残りの札所を歩き、結願(けちがん)を果たしたいと思っています。
「人生にやり残したことがあるから、死ぬに死ねない。だから、生きなくてはならない。」
そんな思いを胸に、日々の現実を生きています。